未来の価値 第57話


「結局、スザク君はユーフェミア様を選んだのね」

ポリポリとビスケットを齧りながらミレイは言った。
お通夜のように静まり返っている部屋の中には、ミレイだけではなくシャーリーとリヴァル、そしてナナリーがいた。
彼らの視線の先にあるテレビには、ユーフェミアとその騎士スザクの叙任式の様子がライブ映像で流れていた。美しい姫と騎士の儀式は、まるで絵本の中の物語を見ているようで、何も知らなければうっとりと見つめてため息を漏らしていただろう。
だが、ここにいる者たちは皆、スザクがルルーシュの騎士になるものだと信じて疑っていなかったため、この結果にただただ呆れ果てていた。彼ならルルーシュを任せられる。短い間の邂逅でもそう思えた人物が、別の皇族を生涯の主と定め、誓いの儀式を取り行っているのだ。

「なんだよ、ルルーシュを護るんじゃなかったのかよ」

裏切り者!
しかもすげー可愛いお姫様の騎士だ!?
うらやましいいいいいい!!

「ルル、大丈夫かな・・・?」

乙女としてはこの儀式にときめきまくっているのだが、やはりルルーシュの事を思えば純粋に楽しむことも祝う事も出来ず、シャーリーは携帯電話を見つめた。表示されているのはルルーシュの電話番号。ただし、以前の番号なのでおそらくもう繋がらないだろう。繋がるなら励ましの言葉ぐらい掛けられるのに。

「C.C.さんが、お兄様の所に行かれた事と関係しているのかもしれませんね・・・」
「そう言えば、全然戻ってこないわね、彼女」

ナナリーの護衛にとクラブハウスに残っていたはずのC.C.は、緊急の用事が出来たと言ってクラブハウスを離れてから連絡が取れなくなっていた。

「あ!ちょ、これルルーシュ!は?隣C.C.さんじゃ!?」

リヴァルの声に、全員の視線が集中する。
そこは、式典の最前列の一番端。
黒の皇族服のルルーシュと、白の騎士服のC.C.が並んで立っていたのだ。それはほんの一瞬の映像だったが、非常に印象の強い姿だった。

「ルル、かっこいい・・・」

シャーリーは頬を染め、ポツリとつぶやいた。
学生のルルーシュではなく皇族のルルーシュは、一見しただけで解るほど雰囲気が違っていた。シャーリーはカッコイイと言ったが、これは美しいと言った方がぴったりと当てはまるとミレイは思った。隣に立つC.C.は髪を結いあげており、凛々しいその姿は生前のマリアンヌ皇妃を思い起こさせた。

「お兄様、お元気そうですか?」

映像を確認できないナナリーが尋ねると、「うん、元気そう!」とシャーリーが明るく答えた。顔色ははっきりと解らなかったが、その両目は鋭く、疲れた様子など微塵も見られなかった。

「そっか。C.C.さんがルルーシュの騎士になったのね」
「そうなんですか?」
「騎士章つけてたから多分間違いないわ」

一瞬だったけど、間違いなくあれは騎士章だった。

「でもどうして・・・」

スザクではなく、C.C.がルルーシュの騎士に。

「騎士になったって、いつだよ?ルルーシュの叙任式見てないけど!?」
「何でユーフェミア様の式はテレビでやってるのに、ルルはやってないの?」

見たかった!絶対カッコよかったよ~!と、シャーリーはものすごく悔しそうに言った。片思いの相手が皇子様だった事は彼女にとって辛い現実で、その恋は実らないと悟り失恋の痛手を受けはしたが、やはりルルーシュの事は大好きなのだ。是非その叙任式を生で見たかった!と、そこに立ち会えない一市民に過ぎない自分を悲しんでいた。

「ルルちゃんが嫌がったんじゃないかしら?これ以上目立ちたくないって」

あーありえる。と、リヴァルとシャーリーは納得した。
あんなに目立つ外見で、そこにいるだけで人目を引くというのに、学生でいる間はずっと目立つような行動を避けてきた(と、本人は思っている)のだ。それに今目立てばまたナナリーに好奇の目が向いてしまう。

「そうじゃないんです。お兄様の騎士にC.C.さんがなられているという事は、お兄様がスザクさんを選ばなかったという事なんです」

ナナリーが悲しげに言った言葉は、三人が予想していなかった事だった。

「え?どういう事?」
「騎士候補ではなく、騎士になられているのですから、今日よりも前にお兄様がC.C.さんを騎士に任命されたという事です」
「・・・そうよね」
「スザクさんはこの前来られた時も、必ずお兄様の騎士になるからと、お兄様を説得してみせるとおっしゃっていました。だから・・・」
「スザク君を諦めさせるためにC.C.さんを騎士にしたとか?」
「おそらく・・・」
「何でそんな事を?」
「ユフィ姉さまが、スザクさんを騎士にしたことと関係があるとは思います」

イレブンであり、ルルーシュの騎士にと望んでいたスザクがユーフェミアの騎士となったのだ。そこに何かが。

「一目ぼれ、とか?」

冗談めかして言ったリヴァルの言葉に、三人は驚き顔を向けたので、リヴァルは慌てて言葉を続けた。

「いやだってさ、スザクってモテそうじゃん?あいつ顔もいいし運動神経なんてすげーいいし、世界唯一の第7世代KMFのパイロットだし、女性の扱いもなんか手慣れてる感じがあったし。まあ、イレブンって言うのがマイナスかもしれないけどさ」

普段童顔で愛らしい顔立ちのスザクだが、今は凛々しい男の顔で儀式を行っていた。そう、ナンバーズというブリタニア人にとってはマイナスな面さえ無ければ、スザクは間違いなくモテる。
外見もそうだが、物腰の柔らかさと真面目な性格も好印象だ。

「ひとめ、ぼれ・・・?ユーフェミア様が、スザク君に?」

それって、好きになったって事!?恋したって事!?
お姫様が、イレブンであるスザク君に恋をしたの!?
シャーリーは顔を真っ赤にして、「これって禁断の恋!?」と呟いていた。

「いやその、一目ぼれかどうかは解らないけど、あり得るでしょ?」

スザク見た目いいしさ。
叙任式の騎士服姿だって、女だったら惚れる要素しかないじゃん。

「十分、あり得るわ」

ナナリーは、スザクに好意を抱いている。ルルーシュは言わずもがな。その二人の兄弟なのだ。好みが似ていてもおかしくは無い。 そう、スザクはブリタニア皇族に好かれる要素を多分に持っている可能性があるのだ。。
面倒なことになってないかしら?とミレイは不安げに画面を見つめた。
式は滞り無く執り行われ盛大な拍手の中幕を閉じた。
C.C.はこの時失念していた。
自分の姿を人目にさらす危険を。
彼女を探しているのは、ブリタニア皇帝だけではない事を。

「み~つけた、C.C.。待ってて、すぐに迎えに行くから」

ギラギラと輝く赤い瞳の男は、モニターに顔を寄せニタリと笑った。

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